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「ありの~ままで~」良い人間は婚活の世界にはいない

【とら婚公式コラム】肩の力を抜くコラム 2020.01.07
「ありの~ままで~」良い人間は婚活の世界にはいない
ちょっとした息抜きに、遊びを交えた記事をお楽しみください

今回は戦略性のない話なので、分類的にはただの雑談です(‘ω’)ノ  ヘーイ

アナ雪2が公開されてもう2か月以上ですね。アナ雪無印の時はかなり話題になったので私も見に行きましたが、二作目はそこまで話題になっておらず、私はなんともモチベが湧きません。そういえばアナ雪は別方面で話題になっちゃった感が強いですね。ちなみに当社はPR広告漫画を出すときはしっかりとPRタグをつけますから!

さて、そんなアナ雪と言うと「ありの~ままの~姿見せ~る~のよ~」でございます。とっても良い歌詞ですよね!一視聴者として見る限りは。

Let it Go 日本語訳版は婚活的に最悪の歌

ありのままの 姿見せるのよ ありのままの 自分になるの
(中略)
ありのままで 空へ風に乗って ありのままで 飛び出してみるの
(中略)
これでいいの 自分を好きになって これでいいの 自分信じて

以上はLet it Goのサビ部分でございます。この仕事をやっていると、これに感銘を受けたのかは分からないですが、相手の条件設定時に「私を否定しない人!」のように言ってくる方に出会うことがあります。

断言します。

ありのままのアナタの全てを肯定し、好きになり、アナタが変わる必要のない方と出逢う事などございません

婚活では男女ともに「今のあるがままの自分を肯定してくれる人」を求める方がいらっしゃいます。当社のSNSがたまに炎上するのは「今のオタ趣味全振りのままでいいと思うな、あれもこれも必要だ」というメッセージを発した時で、「自分のあるがままでも通用する人を求める御仁」というのはそれなりにいらっしゃるのだと実感しています。まあ、楽に生きられますしね。

そういう方は、とにかく自分が変わることを嫌います。とにかく今のままの私をそのまま受け入れてくれるであろう「チョロい」ターゲットはいないかと探した挙句に「〇〇の女性がいいぞ」という妙なことを言われたり、とにかく自分の責任から逃げ続けようと「普通の男って~!」と妄想の世界へと逃げだすのです。とにかく自分に焦点を当てようとしないのです。

けどね、アナ雪を思い出してほしいんです。

「ありの~ままで~」と歌っているエルサ自身が結局魔法の使い方や疑心暗鬼感を改善している

んです。彼女はあの歌を歌っておきながらあの時点の「あるがままの自分」を否定しているのです。ちなにみ歌詞はおそらくそれ以外部分を意図してはいませんが、ついでに他の事柄の「ありのまま」についても言っておくと…彼女が根本的に美人で、慎ましく、優しく、思慮深く、理性的で、常識があったから他人視点で大して直すべきところがなかったから「ありの~ままで~」が通用したのであって、ハンスが「ありの~ままで~」と歌っていたら非難轟轟誰からも共感されずディズニー映画の地位は一気に落ちるでしょう。

ディズニー映画を評価するのは誰でしょうか。エルサでしょうか、ハンスでしょうか、制作者でしょうか。いいえ、我々視聴者ですよね。

「あるがまま」に言及するにあたって、ディズニーは評価者の眼に耐えるような「あるがまま」でも許されるキャラを選び、認められるべき事柄を「あるがまま」の対象に選び、評価者に好意的に見てもらうために「悪いあるがままを良いあるがまま」へと変えていったのです。選んでもらうための努力を制作側が多分に行っているのです。

Let it Go の日本語訳版を言葉通りに受け取らないようにご注意ください。あれは「それぞれのコンプレックスや多様性を認めていこう!(ただし常識や良識的範疇、相手に受け入れられる範囲の自己中心的にならない程度でね!もちろん悪いことをあるがままやっちゃダメだよ!)」という言外の言葉を多く含んでいる表現なのだと私は考えております。

美輪明宏 さん曰く

私はスピリチュアル的な何かを信じている訳でも、美輪さんが好きなわけでもございませんが、非常に良い言葉を発していらっしゃったので引用させていただきます。


「ありのままの私を受け入れて欲しい」ということは、「泥のついたままの畑の大根をそのまま食え」と言っているのと同じことで図々しい迷惑なこと、だから人は誰かに受け入れて欲しければ泥を洗い落とし料理する努力をして自分を磨かなくてはいけません。

これは「本日の言葉」の初期に頻繁にお伝えしていたことですが、あれから5年たっても、「素直な私」「純粋な私」などの言葉にすり替え、要は努力もなしに相手に受け入れさせようとする怠け者の女性が少なくありません。

ひとつ私から言えることは、「努力もしたくないのであれば、それ相応の相手しかみつからない」という真理です。

昔から「類は友を呼ぶ」という諺があるように、頑張るレベルの人間には、同じくしっかりしたレベルの相手と自然に一緒になれますが、努力もしない人間に良い相手が来ることは絶対にありません。(引用:Grapps)


そのありのままの姿が人間的に非常に優れ、婚活的な価値も高いのならば、私は何も言わずに「うんうん、分かるよ。アナタはとても素敵な人だから、アナタに合う人を見つけていきましょうね」としか言わないと思います。

しかしながら、欠点や弱み、その方の何かしらの要素が「泥」なのであれば、最低限その泥を落とさなければ相手にとって失礼にもなってしまうのです。

具体例を申し上げましょう。


容姿悪い、太っていてずぼらで無計画、年収も高くないし自己中心的で人をいじめるのが大好き、生活能力は皆無だし将来もあまりやる気はない、人に興味が無く自分が楽しければそれでOK、やたらと攻撃的で、気に食わないことは全部否定する。親と同居が必須で、親の介護をお願いしたいと思っている。その割に相手は容姿よい、性格良い、年齢若い、オタ趣味は共有出来て、自分のお金や時間の使い方も応援してくれる、自分の話によく笑ってくれる、自分の身の回りのことやってくれる、面倒なことは全部やってくれる方を求めている。


成功するわけないじゃないですか。だって自分は泥も泥、ヘドロのような状態で、相手には綺麗に桂むきされた最高級の大根を求めているんですよ。ヘドロつきの大根なんて手にすら取られないことなんて誰にでもわかるじゃないですか。そんな物々交換成立するわけがないじゃないですか。

人とのコミュニケーションは、相手の価値観、考え方とのすり合わせです。自分の考えが相手に受け入れられるかどうかは、相手の考えに近いかどうか、すり合わせ出来る柔軟性を持ち合わせているかどうかが重要なのです。そしてその価値観の大部分は「常識」という普遍的な知識、言動、倫理などの集合体に大きな影響を受けているものです。だからこそ、人の手に取られる常識的な綺麗さというのが必要になってくるのです。

だから私は相手が男性でも女性でも年上でもハーバード大卒でも医師や弁護士と言ったご立派な職の方であっても、何かしらの泥があるのならば言い続けます。「そのままでいいと思うなよ!」と。
そして長らく成果が出ないのは、相手ではなく自分自身のどこかが引っかかってしまっているのだと。それはスペックかもしれないし、言動かもしれないし、自分自身の条件や受領度合いなのかもしれないのだと。

いくら下記のようなコメントを貰ったってノーダメージです、だってただ必要なだけなんですから!


・上から目線!
・説教ウザい!
・また出たオタ否定!
・マウント取って楽しいの?
・男に厳しい!フェミだ!
・女に厳しい!ミソジニーだ!
・これが俺/私なんだから否定して欲しくない!
・ありのままの俺/私を受け入れる人を探すのが御社の仕事じゃないの!?


…すいません、だいぶ根に持ってますね 笑。

もちろんエルサのように、何かしらコンプレックスや恐れ、自分ではどうしようもない事柄がある場合、それを相手に勇気をもって見せるということは必要だと思いますし、それがここで言う「泥」に当たるかというとNOのケースも非常に多いですから、そういった部分は当社の会員様であればまずは是非担当にご相談ください。

 

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